

THE PRODUCT LIABILITY
あるアメリカ人が、シャンプーをかけた猫を電子レンジで乾かそうとして焼き殺してしまった。
怒った飼い主は電子レンジのメーカーを訴えた。
その理由は「電子レンジの説明書には、猫を乾かすな、とは書いてなかった」という、とんでもないものだ。
誰もが敗訴を予想したのだが、何と、この飼い主は見事に多額の賠償金を手に入れたのである。
日本の法曹界や法学部の学生の間で、陪審裁判が愚かな制度であることの象徴として語られる有名な話である。
ところが、この話はあくまでもアメリカの都市伝説に過ぎない。
他にも似た話に「成績が悪いと教師を訴えた」「屋根から落ちて怪我をした泥棒が、その家の住人を訴えた」というものもある。
無論、全部嘘、あるいは事実の一部の誇張だ。
にもかかわらず、あくまでも真実として受け止められてるようだ。
まー、アメリカの法曹界でも信じられてるというから、仕方がないことかもしれない。
恐らく弁護士が、客に、いかに訴訟がイージーかを説得するための常套句として使ってるうちに“真実”になってしまったのだろう。
それにしても不思議なのは、なぜ、こんな馬鹿々々しい話が信じられてるかである。
実は、この背景には、1980年代のアメリカにおけるPL訴訟ブームがある。
見出しにもなってるPL法とは、製造物責任法(Product Liability)のことだ。
この法律は、欠陥商品によって損害を受けた消費者が、容易にメー力一の責任を追及できるよう制定された法律である。
ところが、このPL法、あまりにも消費者に優し過ぎるものだったために、一獲千金を狙った人々による訴訟を引き起こしてしまったのである。
例えば小型飛行機業界なんか、その典型例だろう。
アメリカでは小型飛行機が広く利用されてるため、航空事故が多い。
もっとも、航空事故とはいっても、大半は整備不良や操縦ミスである。
ところが、事故にあった者のほとんどが「原因は飛行機会社の設計ミスだ」とあちこちで訴えを起こし、しかも勝訴するという事態が頻発した。
セスナ社は、墜落した酔っ払いパイロットに、25万ドルもの賠償を払っている。
しかも、アメリカでは航空事故は無問責なので、このパイロットは酔っ払い操縦なのに無罪放免というオマケまでついた。
日本では小型飛行機の代名詞になってるセスナ社だが、PL法の訴訟のおかげで小型飛行機業界から撤退する憂き目にあっている。
しかし、25万ドルなら、まだマシな方だ。
ロビンソン・ヘリコプター社は、パイロットの操縦ミスの墜落事故に、何と450万ドルもの賠償金を支払ってる。
間違いやすい場所にボタンを設置するのは欠陥品だ、というのがその理由だ。
(しかし、同種の誤作動事故は他に起きでない。)
おかげで、訴訟ピーク時の1985年には、小型飛行機業界では2億1000万ドルもの訴訟費用を支出したという(売り上げの1/7)。
結局、この訴訟ブームが原因となり、アメリカの小型飛行機業界の規模は30分の1にまで縮小してしまった。
これは何も小型飛行機業界に限った話ではない。
PL訴訟ブームで衰退したアメリカ産業は、他にもヘルメット、麻酔薬、スケボー、アイスホッケーのマスクなどがあげられる。
いずれも世界市場で90パーセント以上のシェアを誇ってたのに、そのほとんどが倒産してしまったのだ。
これというのも、訴訟保険にかかる費用が生産コストを大幅に上回ってしまったからである。
このような狂ったPL訴訟ブームがあったからこそ、この『猫の電子レンジ』の都市伝説も信じられてるのだろう。